貧困と格差拡大の現代社会で
いま、子どもたちに伝えたいのは“愛”
対談 森永卓郎さん×米浦正委員長

 いま、日本社会は「貧困と格差拡大」が大きな問題となっています。学校現場でも、授業料の滞納や旅行積立てが払えず修学旅行に行けない生徒たちなどを通して、その深刻さが浮き彫りになっています。そういった現代日本の貧困と経済格差の原因はどこにあるのか。教師は学校で子どもたちに何ができるのか。07年の年頭にあたり、米浦委員長と経済アナリストの森永卓郎さんに対談してもらいました。

森永卓郎さんプロフィール 1957年生まれ。東京大学経済学部卒業。経済企画庁などに勤務し、現在、獨協大学経済学部教授、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)客員研究員。著書に、『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『カネ持ちの陰謀「年収格差100倍時代」の生き方「基礎の基礎」』(講談社)ほか多数。

現代日本の貧困と経済格差の原因は?

米浦―現代日本の貧困と経済格差の拡大というのは、自然にそうなったという受け取め方をする人もいます。しかし、そうではなくて、政治の影響や財界の思惑で、政策的につくられたものではないかと思うんです。そうだとすれば、また逆に正しい政策を行っていけば、この貧困と格差拡大を克服していくことも可能ではないかと思うんです。  そこで、まず、現代日本の貧困と経済格差の原因はどこにあるのかということをお聞かせください。

新自由主義の4つの特徴

森永―格差拡大が意図されたものだというのは、私も全く同感です。先進国の中では大きく分けて2つの経済社会体制があって、1つは大陸ヨーロッパ型の社会民主主義体制。そして今、アメリカ、イギリス、日本の3カ国がやっている新自由主義の経済社会の2つの体制があります。1979年にイギリスのサッチャー政権が成立し、それをまねたのがアメリカのレーガン政権、日本では中曽根政権が取り入れて、例えば国鉄や電電、専売の民営化を行いました。ただ、それはイギリスほど徹底したものではなかったんです。  新自由主義の中身は大きく4つで、各国共通しています。1つは市場原理主義の経済政策をとって、どんどん規制緩和をして小さな政府にして弱肉強食化をはかる。2つ目は、大企業及び金持ちを減税して、一般庶民は増税する。3つ目は、教育のコースを分離して一般庶民の進む教育コースとエリートコースを区分して、一般庶民には質の高い教育を与えないようにする。4つ目に、これらを通じて形成された低所得層を戦場に駆りたてるという政策です。  しかし、新自由主義は日本に入ってきてすぐには定着しなかった。それは日本が社会主義と言われるような平等な社会だったことから弱肉強食というのは当時の日本では考えられなかったわけです。ところが1985年にプラザ合意による円高がきて、日本の平均所得が世界で一番高くなってしまった。私はそのときに経済企画庁にいて、毎晩、激論をたたかわせていたんです。それは統計で見ると日本は世界で一番豊かなのに、なぜ豊かさが感じられないんだろうと。結論は、自分が豊かさを感じようと思ったら、自分たちだけが豊かになって、周りがみんな貧乏になっていけば、自分は幸せになれるんだと。これは人間誰しもが持っている心の奥底に持っている醜い部分だと思います。それを前面に打ち出してきたのがいまの新自由主義なんです。  日中戦争から太平洋戦争の時に、戦時インフレがおこって、みんなが平等に生きていくギリギリの分配をしないと国全体がやっていけないという戦時経済体制を原点にして戦後の平等社会が生まれてそれを引きずってきた。それを壊そうとする動きがはじまった。それが1980年代から少しずつ進んできて、小泉内閣になって一気に進んだ。これが格差拡大の基本的な原因です。  その時に多くの人がある意味で誤ってしまったのは、デフレ政策をしかけてきたときに、デフレの恐ろしさっていうのをほとんどの人が認識してなかったということです。  デフレによって物価が下がるっていうのは、企業の売り上げが下がってやがてボーナスがカットになって、やがて本俸が下がってきて、リストラが蔓延し、一度失業するとなかなか正社員に戻れないっていうのが実態だったんです。それに気づく頃には完全にデフレスパイラルの中に日本経済はずっぽりはまっていた。

急速な格差拡大

森永―私は、3年前に『年収300万円時代を生き抜く経済学』という本を出しました。今思うと、本当に認識が甘かったと思います。確かにあの時は、3層の国民に分かれていくと予測した。大金持ちと普通の人とパートタイマー。そんななか正社員のなかでも格差がひらいていって、庶民は平均年収が300万円になりますよと。それでも工夫すれば300万円でもなんとか生きていけるので暗くなるのはやめましょうと。今すごく反省しているのは、実際に起こっている事態はそんな甘いものではなかったということです。  会社が不良債権処理で潰されたり、あるいはリストラされたりして失業者になる、失業者になっても中高年は1年近くは雇用保険で食えます。ところが1年経って、食うために働かなければいけない。そしてハローワークに行っても正社員の口はない。でも食わないといけないので、パートとか派遣とか嘱託とかでもいいとなる。小泉内閣の前半は失業率が上がり、後半は下がるんです。それは就職したからです。でも一貫してパートタイマーなどの非正規社員の比率が上がって、今や40%近くがそうなっている。その平均年収というのは、せいぜい120万円。正社員は400万から500万円。4分の一から5分の一に劇的に落ちた。じわじわ格差が拡大するんじゃなくて、劇的な年収減が起こったというのがここの5年間の姿なんです。正社員は303万人減って、非正社員が300万人増えたんです。300万人の人が下に落っこっちゃった。年収300万円ならなんとか食えます。ところが年収100万円では、はっきり言って、生死を賭けたたたかいです。最低限の生活、憲法が保障した以下の生活しかできないというのが実態です。
米浦―なるほど、よくわかりました。高校生をとりまく環境も全く同じで、本当に悲惨な経済状況に追い込まれている生徒が急増しています。政府や財界は、こうした状況をどう見ているのでしょうか。

新自由主義の人間観

森永―彼らの思想っていうのは、経済を動かしているのは我々金持ちの人間なんだとというものすごい選民思想です。  そんな中で、例えばホリエモンというヒーローが生まれた。私は、堀江さんと3回話しました。彼は、すごいひどいことをしていた。IT企業なのにパソコンは社員の自腹なんです。3ヶ月経つと査定が入って、成績の悪い社員は年俸がどんどん下がっていく。だからものすごい勢いで社員が辞めていくんです。「そんなひどい経営をしているとあなたの会社は発展していきませんよ」って言ったんです。そしたら、ホリエモンは「いいんだよ。またマーケットから採ればいいんだから」と。今までの日本の企業で従業員というのは「田中さん」であり「鈴木さん」であって「人」だったんです。ところが、彼は「労働力A」「労働力B」なんです。労働「者」じゃないんです。部品と同じなんです。  自分と自分の親衛隊だけの利益を優先して、周りはどうなってもかまわないっていう思想が全ての価値観の原点に彼らはなっているんです。  今世の中には、2つの考え方があって、一つは平等主義、社会民主主義のみんなが平等で幸せになりましょうという思想。もう一つは、弱肉強食、新自由主義の金持ちになるためには勝てばいいという考え。これらの考えの表裏一体として、もう一つの社会観として、平等主義の人は平和主義なんです。それで新自由主義の人は主戦論なんです。  イラク戦争開戦のとき、バクダッドに爆弾の雨が降っているときに、ほのかな笑みをうかべてCNNなどアメリカの放送の解説者が頷いていたわけです。爆弾の雨の下では無実のイラク市民が死んでいってるんですよ。微笑んでいられるはずがないんです。なぜ微笑んでいられるのか。自分とは関係ないからです。自分と自分の親衛隊以外はどうなったって構わないと思っているんです。それが経済で全く同じことが今起こっているんです。

暴走をくい止めるのは教育

米浦―現代の貧困と経済格差の中で、子どもたちが苦しんで安心して学ぶことができなくなっています。また、高校を卒業しても正規の労働に就けなくなっている。将来に対する明るい展望が持てない。僕たち教師も一緒に悩みを共有しながら、希望を持って社会に送り出していきたいと思っていますが、生徒たちをどう勇気づけていけばいいのか、また彼らにどんな力をつければいいのか、森永さんからアドバイスをいただければと思います。
森永―私は、獨協大学で教えているんですが、私のゼミの学生に、自分が「勝ち組」になれる人は手を上げてごらんと言ったとき、20人中2〜3人しか手が上がらないんです。次に、日本は今、ホリエモンの ようにいきなり大金持ちになれる弱肉強食だけど、そのようなアメリカンドリームの社会が望ましいと思う人は?と聞くと、ほぼ全員手が上がったんです。みんな自分はそんなに大金持ちにはなれないっていうのがわかるんだけど、一発大逆転で自分は大金持ちになれるかも知れないと考えているわけです。現実には、ほとんどないんですけど。そういう社会を、二木啓孝さんという『日刊ゲンダイ』の編集長は「パチンコ型社会」と称したんです。パチンコで負けても、でも一発当たれば取り返せる。私は、それがとても不健全だと思うんです。「夢がある」って思わされて、でも実際はひどい目に合わされるんです。  私は今、すごく青臭いかも知れないですけど、教育現場が子どもたちに伝えなければいけないのは、愛だと思うんです。社会というのは、自分だけが良ければいいということではない、そいういう社会は必ず壊れるんです。  私は、この暴走を止める手立てというのは、教育しかないんだと思うんです。だけど、自分一人でできることって本当に限られている。だから、教育に携わる人全体が一斉にやらないといけないんだと思うんです。  私は、異端って言われてるんです。私が言ってることは平和主義でいきましょうということ。それから、日本は戦争放棄して国連の旗の下で世界秩序の維持に貢献するんですと。実は、これ、私が高校までに習ったことと同じことを言ってるだけなんです。今から10年前は何の価値もなかったんです。みんなそう思っていたから。ところが今それを言うと平和ボケとか左翼だとか現実逃避とか、もう非難轟々なんです。私は先生に教わったからそう言っているんではなくて、先生に教わったことを自分の頭で考えてそれが絶対に正しいと信じているからそう言い続けているんです。

「勝ち組」も幸せにはなれない

森永―人間というのは、一人では生きていけないんです。自分が痛みを感じるのと同じように他人も痛みを感じてるんです。だからみんなが手を取り合って社会をつくって、みんなが幸せになるように一人ひとりが努力するっていうのが、人間が社会をつくるっていうことなんですよ。そんな当たり前のことが失われているんです。これを教員は絶対に捨ててはいけないんだと思うんです。しかし、「勝ち組」になるためにはどしたらいいかっていうことを教える人が増えてきている。  実は「勝ち組」の人も、絶対に幸せじゃないんです。目が死んでるんです。いつライバルに首を取られるんじゃないか、いつインサイダー取引がばれるんじゃないか、いつ東京地検が乗り込んでくるんじゃないかって思って、不安で不安で仕方がないんです。たとえ500億円持っていても、ちっとも心の休まるところなんてないんですよ。あんな人になってはいけないんです。

教師に期待すること

森永―教育基本法に「能力に応ずる」教育を受ける権利があるっていう規定がありますよね。この間、尾木直樹さんと話したとき、小学校で能力別学級編成が行われていて、私は勉強できない子をいかに引き上 げるかっていうことを行っているのかと思っていたんです。そしたら、今学校で行われていることは違うって言うんですよ。勉強できないことは個性だって言うんです。それを引き上げるのは個性を潰すことになるからダメだって言うんですよ。私は、それは憲法違反だと思うんです。だって教育は国民の義務でもあるし権利ですよね。できない子もみんなと同じようにできるようになるよう最大限の努力が図られなければいけないと思うんです。それをしないのは、それが下層階級を固定するということです。尾木さんが小学校の国語の点数と就学援助の比率の相関をとると、80何%なんです。就学援助の基準というのは、親の所得で決まるので、子どもの学力は、小学校段階で8割が親の年収で決まっているんです。しかもこれが個性だって言われたら階級の再生産ですよ。そんなことをしちゃダメだめなんですよ。  何で日本が戦後、奇跡の高度成長が出来たのかというと、初等教育と中等教育の優秀さにあったんだと思うんです。日本は、これまで質の高い国民を作り上げることができていたんです。それをあえて放棄するようなことが政策としてされているわけなんです。
米浦―小学生の段階から選別しているんですね。教育の本質、教育の中に人間性を回復していくという、そんな愛っていうものが改めて新鮮に思えました。今、学校現場は非常にギスギスした関係で、教師も、子ども同士も、子どもと大人の関係も、本音が語れない、いつ蹴落とされるかわからない、足元をすくわれるかも知れない、本当に豊かにゆとりを持った関係をつくっていくことができにくくなってきているんです。
森永―学校の先生は民間に比べたら、まだ恵まれた状況にあるんだと思うんです。だから、その分を、生徒への愛に変えないといけないんだと思うんです。  今、教師がやらなければいけないのは、生徒の幸せをどうやって実現するかを真剣に考えないといけない。パチンコ一発大逆転からは、絶対に幸せは生まれないんです。王道はないんです。きちんと一つひとつ真面目に勉強して常識を身に着けていく。少なくとも人から騙されてひどい目に合わないように教育を行っていくことだと思います。  ホリエモンとか、村上世彰が大成功したっていう風にも見えるけれども、彼らは自分たちの創意工夫で大金持ちになったんではなくて、詐欺なんです。だから逮捕されたんです。
米浦―やっぱり今日の話を聞いて、生徒に対して暖かい愛情を注ぎながら、ともに悩みともに苦しみながらも、人間として生きていく学力を身に付けて、友だちを大切にするような人間、大人になってほしいという思いをきちんと伝えていくことが大切だと感じました。  憲法9条の「戦争の放棄」と25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は裏表の関係だと思うんです。だから25条がずたずたにされるような社会になっていくと、あるいはそういう国民ばかりになっていくと、戦争を好む人間ばかりになる。そういう裏表の関係にある。そして貧困と経済格差が広がってくると、徴兵制を敷かなくても、生きていくためには戦場に行くしかない人間が生まれてくる。今日、森永さんが言われた、平和を愛する人は、みんなが仲良くなってほしいと考える人で、一方、弱肉強食を好む人は、決して平和主義者にはなれないということ、すごく共感しました。今日は、ありがとうございました。