埼高教第53回夏期講習会<講座1>

「反貧困〜現代の若者の実態と、高校教育に望むこと」(そのB)

   『もやい』事務局長 湯浅誠さん

10.19「世直しイッキ!大集会」

複数のトラブルをどう解決するか

 貧困の特徴というのは、そういう意味で複数のトラブルをかかえているということですので、そこの対応をどうしていくかということが求められていると思うんです。これは特に労働組合の人たちの前で話すときに、この話を一生懸命するんですが、労働組合は労働の問題だけ解決していればいいんだと、生活の問題はどっか別の場所で誰かがやってくれるんだと、あるいは労働問題のトラブルに来る人は生活は何とかなっているんだと、いう前提はもう成り立たなくなっちゃっているので、そこをどう解決するかということが問われるということです。

年収200万円台の「周辺的正規社員」

 ちょっと話はそれましたが、「貧困ライン」が非正規労働者の上くらいまで上がって来てるわけですけど、じゃあよく言われるように正規が勝ち組、非正規が負け組なのかというと、私はそれも違うというふうに言っています。  正規を2つに分けているのですが、ひとつは「周辺的正規」と言われるもので、これは某ファーストフードMの「名ばかり管理職」の問題で有名になったのが周辺的正規の代表例と言っていいと思いますが、みなさんは聞いたことがあるでしょうか、あの店長が残業代を求めて裁判を起こしたら勝ったという、あの店長が労働組合に来たきっかけは、別に残業代がほしいといってきたわけではないんですよね。彼が全国ユニオンで最初に言ったのは、「店長として超長時間労働をしている中で、手が震えるようになった」ということだったんだそうです。「仕事中に手が震えるようになってしまったので、休んで病院に行きたい」と本社に言ったんだそうなんです。そしたら本社から怒られたんですね。「お前は店長のくせに、自分の健康管理もできないのか」と。それで彼は労働組合に「店長をやっていると、休むこともできないんでしょうか」と言って相談に来た。それがきっかけだったということです。同じようにいま訴えている某コンビニQのSさんは、彼は店で唯一の正規社員で、パートやアルバイトが休んだときの穴埋めとか、ローテーションの組み方とかも、すべて自分で責任を取らなきゃいけないし、どうしても穴ができたら自分で埋めなきゃいけない。商品管理も売り上げ管理も、最終的には自分がやらなきゃいけない。人がいなくなったら採用面接も自分がやらなきゃいけない。そうした中でかれも超長時間過密労働をさせられていて、しかも1年間の間に6回も配置転換をさせられていたということですので、その仕事をまた一からやっていたと、そういった中で、一番ひどいときは4日間で84時間働いたという話です。4日間というのは96時間しかありませんので、84時間働くというのは、つまり寝ずに働くということです。そういう中で鬱病になってしまって、いまは仕事ができない体になっているわけですけど、彼なんかも年収300万いってないわけです。そうすると、こういった正規社員も一体どこが勝ち組なのかという話です。どっからどう見ても勝ち組とは言えない正規社員の人がいま増えています。そうなると年収200万円台ということになります。7月に総務省が出した「就業構造基本調査」のデータでも明らかにされていますが、正規であっても年収が300万にいかない人というのが、もう3割を超えているんです。こういった人たちをどっからどう言っても勝ち組とは言えないだろう。しかも年収200万台ですから、これ一人で暮らしていれば貧困とは言えませんが、でも結婚して子どもが1人でも2人でもできたら、もうこれは貧困ラインを下回っているわけです。そういう意味では周辺的正規といわれる人たちの一部は、最低生活ラインを割り込んで生活していると言っていいと思います。つまり貧困ラインは正規労働者の中に食い込んで来ちゃってるということです。

長時間勤務を強いられる「中核的正規社員」

 そうすると正規の中のもう1つ「中核的正規」はというと、この中に公務員の方も含んでいいと思いますが、じゃぁ公務員の人たち、大企業の人たちがみんな高給をもらってハッピーハッピーで暮らしているのかというと、それも、みなさんご自分のことに照らして考えていただければ分かると思いますけど、そんなことないわけですよね。それはやっぱり、一般の企業レベルでいえば非正規がこれだけ広がる中で、正規に対する要求水準はいやが上にも高まってくるわけです。今年の春に東京都が契約社員の実態調査を発表してましたけど、都内で働く契約社員の平均年収は340万、正社員は530万だと、でも契約社員だけれども、正社員と同等、またはそれ以上働いているし、同等の責任を持たされていると答えている人が2/3を超えている。こういう状況ですから、そうなれば正社員の人たちには会社はこう言うわけです。「あなたの隣であなたの2/3、もしくは半分の給料で働いている人がいるよね、。あなたはその人の1.5倍とか、2倍の仕事をしているんですか?できないんだったらあなたも契約社員になってもらいますよ。だって不公平でしょ」と、そういう話になるわけで、そして一日中働いても終わらないようなノルマを課せられていくわけです。そういう中で過労死する人、過労自殺するひとの労災認定件数が過去最高になるという事態に至っているわけです。  つい1ヵ月ほど前だったでしょうか、某ファミリーレストランSで亡くなった店長さんが、過労死の労災認定を受けたという報道がされたのをご覧になったかもしれません。彼は亡くなる前の3ヵ月の平均残業時間が、月200時間だったんです。もう過労死してもしょうがない、どう考えても不思議じゃないような働き方をしてて、まぁ実際に過労死してしまったわけですけど、彼は契約社員でしたからね。つまり契約社員がそんな働かされ方をさせられる会社で、正社員がどういう働かされ方をしてるか、想像に難しくないですよね。実際この会社では、その3年くらい前にNさんという正社員の方が過労死してる。そういうことになるわけで、そうなると、正社員が勝ち組で非正規が負け組だというのはあれは嘘っぱちですね。実際に起こっているのは、長時間労働によって過労死するのか 、あるいは短時間しか働けなくてあるいはどれだけ働いても生活できず貧困のままにとどまるのか、そういう「過労死か貧困か」という「究極の二者択一」を迫られる人が増えている、それが実態なんだろうと思います。そういうところに労働市場は来ちゃってる。そしてこれが貧困を広げるひとつの原因になっている。そういうことだと思います。
(to be continued...)


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