埼高教第53回夏期講習会<講座1>

「反貧困〜現代の若者の実態と、高校教育に望むこと」(その@)

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   『もやい』事務局長 湯浅誠さん

講演する湯浅誠さん

こんにちは。湯浅です。

 昨日は山梨の石和温泉で講演をしてきました。今日は群馬の伊香保温泉と。自分は温泉に入らないのに温泉回りをしているという、おかしな状態になってます。(笑)
 今、私自身も「ワーキングプア」と紹介されましたが、今年は岩波新書から『反貧困』を出したおかげで、ワーキングプアではありません。また来年以降は分かりませんけれども。
 今日お話しすることは、あらかじめレジュメを配っていただいてると思いますが、若い人たちの貧困の問題を中心に、その貧困の問題をどういうふうにつかまえていったらいいと私が考えているか、あるいはそれによって今後どうしていくかというような話、あとは私たちの周辺でこういう活動がありますという紹介の話、そんな話が中心になるかと思います。みなさんもそれぞれ学校現場等で実践されている方だと思いますので、そういった実践に照らして、お互いにヒントを提供しあえればと思っていますので、よろしくお願いします。

野宿生活者の95%以上はアパート生活ができる人たち

 まず自己紹介がてら活動について話をしますと、「もやい」という団体は2001年に始めた団体です。私自身は野宿の活動を95年からやっていますが、「もやい」は2001年に始めまして、やってることはふたつなんですね。ひとつは広い意味での「ホームレス」の方がアパートを借りる際の保証人になるという活動です。これまでに1400世帯くらいの人に提供してきました。その7割くらいが野宿の人たちです。2割くらいがDVで逃げてきた人で、ほぼ女性ですが、日本国籍の方も外国籍の方もいますけど、ごくまれに男性の方もいますけど、そういう人たち、残り1割は精神障害の方、長く入院生活をされてて、これから地域で生活をするという方や外国人労働者の方、9.11のあとのアフガン戦争で逃げてきた政治難民の方も10名弱いますけど、その人たちがアパートに入る時の保証人になっているのがわれわれです。そういうふうな活動をやってきています。それがまず一つ目です。
 この保証人の話はあまり詳しく話しませんけど、まぁひとつだけ。野宿の人がアパートに入る時の保証人になるっていうのは、私たちは始めるときに、さんざんたたかれたんですよ。つまり「そんなのできるわけないだろ」って話で、「野宿生活してる人たちなんてアパートで暮らしたくない、あるいは暮らせない人たちであって、だから野宿してんじゃないか」と。それなのに、その人たちのアパートの保証人になるっていうのは「持ち出し持ち出しですぐにパンクするのは目に見えているじゃないか」と、「やめておけ、どうするつもりなんだ。責任とれんのか」と、まぁさんざん言われました。だけど始めてみたら、1400世帯に提供してきて、まだ活動は回っているわけです。それは、実際にトラブルになる方は5%くらいしかいないんです。その5%には亡くなってしまった方も含むので、実際に家賃滞納していなくなっちゃうというのが起こるのは、5%未満ということになります。95%以上はアパート生活ができる人たちなんです。ということは今現在、野宿している人がアパート暮らしができないというのは純粋な世の中の偏見なんです。それをまず強調しておきたいと思います。

選択肢は「ホームレスになるか自殺するか」しかない

 それからもう一つやっているのは生活相談です。われわれはボランティア団体ですから、相談日は週1回しか開けないんですけど、電話やメールはそれ以外の日にもほぼ毎日来ます。だいたい今は生活相談、つまり「食べていけなくなった」、「生きていけなくなった」といって相談に来る人は、電話メールも入れると月100件くらいですかね。それくらいの人たちが相談に来るんですが、その半数は20代、30代の若い人たちです。若い人が急速に食えなくなってきているというのを感じます。そのあたりのことから話を始めたいと思います。
 今年6月に来たメールを紹介します。『はじめまして。わたしは以前いた派遣会社が給与を支払ってくれず、生活ができなくなってしまったため退職しました。きちんとした仕事をしたいと思っていて、ハローワークなどもいきましたが、生活が厳しいため日払い派遣の仕事を選ぶしかなく、それもあまり仕事が回ってこなかったり、遠い場所の集合のため交通費が出せず、満足に仕事ができないまま資金が底をついてしまいました。せめて最低限度の生活が少しの間送れれば、すぐにでもちゃんとした会社に就職したいと考えているのですが。もう自分でもどうしたらいいのか分からず鬱状態のようになっています。もうすぐライフラインも止まってしまいますし今月の家賃も払えそうにありません。このまま追い出されてホームレスになるか、自殺するしか方法は残されていないのでしょうか。よいアドバイスをいただければと思いメールさせていただきました。』ということです。この方は20代の男性だったんですけれども、彼の文章は非常にコンパクトにかつ適切に自分の状況を話してくれていて、これを一文一文解説していくと、人がどうやって貧困に陥っていくかが非常によく分かる、そういう文章なのですが、それをひとつひとつ解説している時間はないのでとばしますが、一点だけここで強調しておきたいのは、「このまま追い出されてホームレスになるか、自殺するしか方法は残されていないのでしょうか。」と書いてありますが、ここまで追い詰められていながら「役所に相談に行く」ということは思い浮かべていないということです。この公機関が出てこない、「公機関の不在」ということには少し注意を促しておきたいと思います。これは次に紹介するメールの方も基本的に同じなんですが、そこだけ先にふれておきたいと思います。次のメールは今年の5月頃に来たメールですが、この方は『福岡県出身の27歳の男です』と名乗ってくれていて、この人はすでにホームレスになっちゃっているんです。それでこんなふうに書いてあります。『いろいろ自殺なんかも考えて、未遂に終わったり、悪いことをして刑務所暮らしをするしかないかとか考えたり、私の生きる意味がまったく分かりません。』彼の場合は、もうすでにホームレスになっちゃっているので、「ホームレスになるか自殺するか」という1人目の方のような選択肢は思い浮かべないんですけれども、別のことを思い浮かべているんです。自殺するかということと、あとは刑務所暮らしをするかということです。彼の場合もやっぱり、「役所に相談に行く」というのは思い浮かばないということです。これがほとんどだいたい、私たちの所に相談に来るひとたちの典型です。
 ちょっと想像していただきたいのはこの人たちが、われわれの団体「もやい」のことなんて知ってるはずないんです。でもなんかの拍子に知ったわけです。それで連絡を取ってきたわけですけど、そういう人というのはおそらく同じような状況が起こっている人の100人に1人か2人くらいだと思うわけです。最近は経路が多様化してまして、「2ちゃんねる」で自分がいかに貧乏かというのを書くスレッドがあるんですけど、そういうところで書いていたらそこで紹介してもらったとか、mixiに「いつでも貧乏」というコミュニティーがあって、そこに1000人とか2000人という人が登録しているんですけど、そこで書いたらそこで「もやい」のことを聞いたとか、いろいろ多様化したルートで今は相談が来るんです。しかしそれにしても、そういったことが起こる人というのは数少ないですから、そうなるとこのままの状態でずっと放置されるということになります。ホームレスになるか自殺するか、あるいは自殺するか犯罪を犯すか、という状態で放置され続けるわけです。実際にそういうことが起こるわけでして、とても深刻だと思うんですけど、なんでそういうときに役所に相談に行くというのが出てこないかということです。まぁ実際に相談に行って「水際作戦」にあって追い返されてきたという人もたくさんいるので、そんな人ばっかりではないですけど、でもやっぱり若い人になればなるほど、それがそもそも思い浮かばないという傾向が高くなる。それはやっぱりどこでも聞いたことがないからなんです。人生の中で。病気になって動けなくなったら119番するもんだ、犯罪にあって自分を守ってほしいというときには110番するもんだ、ということは誰でも知っている。じゃぁ、自分が生きていけなくなったとき、食えなくなったとき、今日明日の食事が取れなくなったときはどうすればいいのか、というのを聞いたことがないんです。だからいざというときに思い浮かばない。そして何か方法はないのかといって連絡が来るんです。

食っていけなくなったとき、どうやって身を守るのか

 そこで今日は高校の先生方も多くいらっしゃるので、まずそのことをお願いしたいんです。自分が生きていけなくなっちゃうことがあるんです。もちろんそれは今の高校生に限らないわけですけど、でも今の高校生くらいの人で高校を出て働き始めるような人たちには、100人に1人とか、学校で1人とかにしか起こらないというようなことではないわけです。もっとたくさんの人に、現実に起こる可能性があることなんです。だとすると、そういうときにどうやって身を守ればいいのか。そういうことをどっかで一度聞いておくと聞いておかないとでは、やはり違うと思うんです。それはぜひ伝えていただきたいと思います。そうは言っても、なかなかその時は自分の問題だと思っていないでしょうから、自分の頭の中には入らないでしょう。野宿している人や相談に来る人たちも、実際に野宿することになるその日まで、あるいは実際に食べていけなくなったその日まで、「まさか自分がこんなふうになるとは思わなかった」と、みんなが口をそろえて言います。だから実際に自分がそうなるまでは自分の問題だとは思っていないですから、言ったとしてもそれをメモに書き取って何年も覚えているかと言ったらそれは分からないです。でもまぁ、いざというときに案外思い出せたりするもんです、一回聞いておくと。だから言っておくということは重要なんじゃないかと思っています。

(to be continued...)